2012年2月21日火曜日

時々ですが、

時々ですが、じんぺい会会員からメールが届きます。
郵便では煩わしいと思いますが、メールなら思いついた時に連絡できます。
お気軽に近況などをメールで送ってください。
また近年、永年お勤めの会社を退職される方が増えました。
今まで使用されていたメールアドレスが使用できなくなった方は、是非新しいアドレスを教えて下さい。

最近届いたメールの内、幾つかを抜粋して御紹介させていただきます。
送って頂いた会員には無断です。 ごめんなさい。

2011年4月 44年卒Aさんからのメール
震災時はどうしておられましたか?
私はビックサイトで遭遇。 8時間歩いて帰宅。
さて、ほんとに久しぶりで 先生の所に遊びに伺いました。
顔色もよく、手の感触も良く握力も強く・・・。
ヘルパーさんも同じ顔ぶれで安心しました。
好物のシュウクリームをお土産に。
頭の治療後、良くなってから変わりなく過ごしているとのこと。
食事は柔らかくしてもらっているようです。
お兄さんのお子さんが孫の運転で3ケ月に1回程度来ていらっしゃるとのこと。

2011年12月 40年卒Yさんからのメール
 じんぺい会開催についての思いを率直に申しますと、先生がご出席されない会への参加意識は、今一つ積極性に欠けてきてしまっているのが本当の所です。
ただ、お世話になった先生がどんな状態でおられるかについては気になっており、貴兄のおしらせはうれしく拝見しております。
まさに、我が儘な自分であることを恥じる次第ですが、これが本当のところです。
わたしたち40年卒も古稀を迎え、わたしと同様の連中が多いと思います。
意味がないとは思いませんが、大勢の参加を期待するのは難しいと考えますが、如何でしょうか。
折角熱心に活動してくれている貴兄に醒めた話をして申し訳ないと思いながら、現在の心境を送らせて頂きます。
個人的には、久しぶりにお会いしたいですね。
まとまりのない意見で申し訳ない。
 
2012年2月 53年卒Tさんからのメール
お手紙、有難うございました。
賛同いたしますが、2,3年に一度 皆さんとお会いして意見を聞きたいとも思っております。
 
2012年2月 37年卒Mさんからのメール
じんぺい会 会長 ご苦労さまです。
何時も仁平先生と会員への連絡、その他、御苦労様です。
私も会社やほかの幹事の経験があり、非常に大変である事が良く分かります。
かなり前のじんぺい会の事は別にして最近の実情は良く分かりません。
先日も「事務局からのお知らせ」を拝見させていただき、「会」の運営と継続が非常に難しい事が良く分かります。
そこで、私としましては、会長が考えられたで続けて頂ければ宜しいのではないかと思いますので、お願い致します。
 
2012年2月 36年卒Sさんからのメール
お忙しい日々にもかかわらず「じんぺい会」をまとめていただき誠にありがとうございます。
お礼申し上げる次第であります。
まず会長殿、第二期無事卒業お疲れ様でした。 そして第三期入学おめでとうごいます。
これからは一国一城の主としてご指導下さりたくお願い申し上げます。
じんぺい会会員も第一期、第二期、第三期・・・を卒業し、新期入学されてそれぞれの城主で活躍されておら
れます。
仁平先生の人生哲学(仁平哲学)のようにじんぺい会もゆっくり楽しく歩みましょう。
会長殿、今後とも宜しくお取り計らい下さりたくお願い申し上げます。
 
2012年2月 48年卒Mさんからのメール
日頃のじんぺい会の活動について大変ありがとうございます。
先日郵便にて「じんぺい会事務局からのお知らせ」受領いたしました。
今まで、じんぺい会への出席はよいほうではありませんでしたが、先生のご健康については やはり気になっております。
実は、私の父親は90歳で介護施設のデイサービスを週4回利用していることから、先生が会に出席されないことは理解いたします。
今後の会の運営について「お知らせ」に記載されているようにして頂くことがよろしいと思います。
よろしくお願いします。
 
2012年2月 35年卒0さんからのメール
じんぺい会のお知らせ等有難うございます
仁平先生の近況報告等毎度いただきながら何ら行動もせず失礼をいたしておりましたが、このたびのお知らせをいただき皆様たちのご苦労を感じ取りました。
仁平先生にお世話になったものとして先生の近況を報告いただけるのはありがたいことと思います。
今後ともよろしくお願いいたすしだいです。

2012年2月20日月曜日

訃報

本日、昭和39年卒の金森さんの奥様から訃報が届きましたのでお知らせします。

拝復
 余寒の候 お見舞い申し上げます。
御丁寧に会の詳報をお知らせ頂きましてありがとうございました。
昨年二月主人(金森 健)が脳出血で急逝致しました。
仁平先生、亡き奥様には大変お世話になりました。(中略)
先生にはお身体呉々もおいとい下さいまして、末長い御長寿を心よりお祈り申し上げております。(中略)
一筆心からお礼申し上げます。
敬具

また、旧聞になりますが昭和46年卒の加門文隆さんが、一昨年9月18日にお亡くなりになったと連絡をいただいています。
 
お二人の御冥福をお祈りいたします。
ご遺族に連絡を取りたい方は私宛に連絡いただければ、ご住所等をお知らせします。
(最近は個人情報の問題から、ご住所等の公開を控えさせていただいています)

2012年2月18日土曜日

会員の皆さんへ

会員の皆さんへ
 じんぺい会の会長職をお引き受けした頃は、私も元気に仕事をしていましたが昨年夏に第二の務めを退き、現在は年金をいただく生活になりました。
さて、先日 現住所の確認できているかた宛にお手紙を送りました。 既に手紙がお手元に届いた方もいるかと思いますが、宛先不明で戻ってきている方もいるので、手紙の全文を下記に掲載いたします。
今後の会員への連絡は、このブログを主として参りますので、月に1度位はブログにアクセスしてみてください。
また、自宅に手紙が届いていないと言う方がいらっしゃったら、出来るだけ早く私宛にご連絡いただく様お願いします。



平成242

じんぺい会事務局からのお知らせ

年明けから厳しい寒さが続いていますが、じんぺい会会員の皆様は元気にお過ごしでしょうか。
残念ながら、昨年の大災害・大事故の影響は我々の生活に重く圧し掛かったままで、厳しい新年を迎えた方も大勢いらっしゃいます。 全てを災害前の状態に復するには長い歳月がかかると思われますが、一日も早く明るい日本に戻すお手伝いをしたいと思っています。
さて、昨年728日の“じんぺい会ブログ”に、

.「じんぺい会」は、会の財源がある間は現在のまま継続したい。
  
近年は支出も少ないため、会費を集めなくとも3~4年位は継続可能と思われる。
  その先の事は、現時点で方向づけする必要はないだろう。


.来年(平成24年)6月頃に、昨年の様なお茶とケーキの「じんぺい会」開催を計画する。
   遠方の方の参加は望めないが、ブログを通じて参加者の近況を各地の会員に伝えたい。

と書きましたが、その後 何人かの会員からご意見をお聞きする機会があり、私の考え方も変わってきました。 これからの「じんぺい会」の運営は、下記の様に改めたいと考えています。

「じんぺい会」の設立以来 概ね毎年開催してきましたが、仁平先生の健康状態・会員の高齢化から今まで通りの「じんぺい会」を継続する事は難しくなりました。 元々この「じんぺい会」は、求心力の強かった仁平先生を慕う(仁平哲学を学ぶ)OBの集まりであり、会員相互の親睦は個々の会員に任されていたように思います。
従って一昨年7月の様な、仁平先生が出席されず、出席者が20名程度に減った「じんぺい会」の開催は取止めて、「親しい会員の集まる場」は会員同士の判断で別に作っていただく様に改めたいと考えました。 しかし何時かまた、大勢の会員から嘗ての様なじんぺい会」開催の要望が集まったなら、その時には開催のお世話させていただく事をお約束いたします。
上記のについては、今でも考えに変わりありません。
本年1月現在 会の預金残高は37万円で、何度もの大きなイベントを開くのは無理でしょうが、仁平先生をお見舞いして 近況を会員に伝達する事に徹するなら決して少なくない金額です。
恐らく大多数の会員は「施設にいる先生の事が気になるが、自分一人では何もできない・何をしたら良いか分からない」と言うお気持ちだと思います。 現在の先生の健康状態は何処が悪いという事はありませんが、このまま何時までもお変わりないという事はあり得ません。
我々事務局が中心になって、出来るだけ頻繁にお見舞いに行くようにしていれば、先生の近況は
“じんぺい会ブログ”http://jinpeikai.blogspot.com/を通して会員への情報伝達可能と思われます。

突然の事で、皆様には「勝手な事を・・・」と思われるかも知れませんが、少しでも長く仁平先生との関係を保ってじんぺい会」を継続するために考えた結果です。 ご理解・ご賛同いただくよう、お願い致します。 ご意見・ご希望がありましたらファックスやメール等でお聞かせ下さい。

じんぺい会 会長   野村圭二郎
236-0005 横浜市金沢区並木2-1-7-508
Tel/Fax 045(785)1529   e-mail fwks8797@nifty.com

2011年12月25日日曜日

仁平先生のお見舞い


年の瀬になり、寒さが厳しくなりましたが、皆様お元気でしょうか。

1222日(木)に仁平先生のお見舞いに行ってきました。

久しぶりにお会いした先生は、お正月を迎える準備か髪の毛を短く刈っていましたがとてもお元気でした。

来年7月のお誕生日には93歳になられるはずですが、外見からは とてもその様なお歳には見えません。

クリスマスと言う事で、今年は“消えた風景を訪ねる 大人の東京散歩(河出書房新社刊)”と言う本をプレゼントにお持ちしました。

大きな本ではありませんが、東京オリンピック頃の東京各所の写真と文章が掲載されていて、お休み前にベッドの中でパラパラと数ページ読むには最適だと思いました。

先生はページを繰って、眼に留まって明治大学記念館講堂などの写真を懐かしそうにご覧になっていました。

先生と我々の話に施設のペルパーさんも入ってきて、日頃のご様子や準備していた昼食(この日は饂飩でした)のおかずなどの説明をしてくれました。

先生は病人食の様なものでなく、殆ど我々と変わらないものを召し上がっているそうです。

何時までもお元気でいて欲しいものです。

昼食の時間をきっかけに退出してきました。



今回の訪問には、私と同期の安東さんと榎本副会長が同行してくれました。

何回かブログに書いていますが、施設はこじんまりと家庭的で、ペルパーさんも気さくな方達です。

皆さん時間を作って、同期の方などと先生のお見舞いにいらっしゃったら如何でしょうか。





2011年11月19日土曜日

2011年11月19日お見舞い



初めて投稿します。本日(11月19日)59・60年卒の相川さん、恵谷さん、稲田さんの4名で先生のお見舞いに行ってきました。あいにくの雨でしたが辻堂駅は「テラスモール辻堂」が先週オープンした影響で大混雑でした。
先生は、10月は大腿骨骨折で1ヶ月くらい入院していたとのことでしたが、今日はとてもお元気そうでした。稲田さんが自宅(沼津)で移した富士山の写真を見せると喜んで見ておられました。われわれと同世代の明大工学部出身の旦那さんを持つ介護福祉士の方が一緒にお話をしてくれて先生も楽しそうでした。20分程度のお見舞いでしたが、帰る際には車椅子で外まで出てこられ(介護福祉士さんに押してもらって)手を振って見送っていただきました。

2011年11月2日水曜日

11月2日(水) 仁平先生の近況

本日昼過ぎにホームフレンド辻堂に電話しました。
少々気になる事があって電話したのですが「仁平先生は体調も良くお元気です」との事でした。
但し、新しい情報がありました。
9月のある日、ヘルパーの方が先生の足が腫れているのを見つけて病院に行ったら骨折していたとの事。
先生ご自身は、痛みなど感じていなかったようです。
現在は完治しましたが、以前よりは多少動きが緩慢になっているようです。
施設の方には「近い内に見舞いに行きたい」と伝えました。
以前から計画していた事務局の根岸さんのグループが、今月中旬に見舞いに行く予定です。
私も早目にお見舞に行きたいと思っていますが、年末に向かって予定が詰まってきていますので、12月中の平日か、年明けになりそうです。
ご様子が分かれば、ブログに書込みさせていただきます。

2011年8月24日水曜日

2011年8月24日 お見舞い

7月23日にお見舞いした時の先生のご様子です。


笹原さんが、現在研究中の風力発電装置の説明を行いました。
今回は、仁平先生とはロビー兼食堂でお話をしたので、ヘルパーの方の話声や昼食の準備の音などが録音されています。
お聞き苦しいかもしれませんが、現在の仁平先生のご様子を動画でご覧いただきたいと思います。
一度に大勢の会員が施設を訪問する事は避けるようにしていますが、数人ずつの訪問でしたら施設の方々は快く応対してくれます。
会員の皆さんがお見舞いを希望される場合は、野村宛(e-mail:fwks8797@nifty.com )に連絡してください。
施設の住所・地図・電話番号などをお知らせします。

横浜市金沢区並木2-1-7-508
TEL/FAX 045-785-1529
         野村圭二郎

2011年7月28日木曜日

仁平先生のお見舞い




前回のお見舞いから半年経ってしまいました。
忘れていた訳ではないのですが、私事・雑事がいろいろありまして・・・。

7月23日(土)に、武藤先生・笹原さん(S42卒)・榎本さん(S46卒)・鴨田さん(S48卒)・鈴木さん(S48卒)・根岸さん(S59卒)と一緒に 仁平先生のお見舞いに行ってきました。
仁平先生は とてもお元気でした。
我々が施設に着いた時、丁度ヘルパーの方と車椅子で散歩(?)に出る時でしたが、直ぐに気付かれて、ロビーに椅子をセットしてくれました。
今回は 計7名と大勢でしたが、ヘルパーさんは「先生が喜びますから、お気兼ねなく」と言ってくれました。
写真の様に、以前は長く黒々していた髪は短く白く変わりましたが、サッパリとお若くなった様に感じました。
大勢で訪問したので、まず自己紹介から始めましたが、我々一人一人についての ご記憶は無いようです。
それでも、何度も頷きながら聞いていただけました。
その後、笹原さんが現在研究中の風力発電装置について、ビデオをお見せしながら説明されました。
かなり興味を持たれたようで熱心に聞き入っていらっしゃいました。

近日中に、ビデオで撮影した当日の先生のご様子をブログアップする予定です。
不慣れなため、少々時間がかかると思いますがお待ちください。

先生のお見舞い後に、今後の「じんぺい会」の予定について意見交換し、下記を確認しました。
1.「じんぺい会」は、会の財源がある間は現在のまま継続したい。
近年は支出も少ないため、会費を集めなくとも3~4年位は継続可能と思われる。
その先の事は、現時点で方向づけする必要はないだろう。
2.来年6月頃に、昨年の様なお茶とケーキの「じんぺい会」開催を計画する。
  遠方の方の参加は望めないが、ブログを通じて参加者の近況を各地の会員に伝えたい。

電力不足の暑い夏が続きますが、皆さん 健康に気を付けて下さい。

2011年4月27日水曜日

大震災被災地の会員④

S34年卒の藤田慎也さんから葉書が届きましたので紹介します。

経験した事のない大きな地震でした。 
幸い倒壊はまぬがれましたが、断水のため新潟県柏崎市に一時避難しました。
4月6日に帰宅、余震に悩まされながらの毎日です。
いつもの生活に戻る事を祈りながら過ごしております。
お心にかけていただき有難うございました。 先ずはお礼まで。

藤田 慎也さんのお住まいは
〒971-8171 福島県いわき市泉ヶ丘1-47-5
です。

今までご連絡いただいた皆さんからは、ご自身・ご家族のお怪我やお住まいの損傷は報告されていませんが、将来に対して不安を持っていらっしゃる事が感じられます。
同期の方や同じ職場でお仕事された方からの励ましの連絡をお願いします。

2011年4月23日土曜日

会員からの連絡

最近届いた お二人のじんぺい会会員からのご連絡を紹介します。
(私がサボっていたため、ブログアップが遅れました)

一つは、大地震被災地近くの岩手県北上市の猪田修さん(61年卒)からのお葉書です。
私は岩手に来て16年になります。
岩手の沿岸、宮古・釜石・陸前高田・・・、何回か観光やマラソン(ロードレース)で訪れていました。
私の行った事のあるところは 何もかも悲惨な映像で、非常に大きなショックのままです。
沿岸は高齢化・過疎が進んでおり、何となく寂しい印象ですが、実は沿岸の皆さんは明るく気さくな方ばかりで、私の大好きなところでした。 早く美しい明るい景色、街に戻って欲しいものです。
私の住んでいる北上市・内陸は、今は全く通常の生活になっております。
猪田 修さんのご住所は、
〒024-0021 岩手県北上市上野町5-24-2 です。


二つ目は、44年卒の安東一夫さんからのメールです。
震災時はどうしておられましたか? 私は ビックサイトで 遭遇。
8時間歩いて帰宅しました。

さて、ほんとに久しぶりで 先生の所に遊びに伺いました。
顔色もよく、手の感触も良く握力も強く・・・。
ヘルパーさんも同じ顔ぶれで安心しました。
好物のシュウクリームをお土産に。
頭の治療後、良くなってから変わりなく過ごしているとのこと。
食事は柔らかくしてもらっているようです。


3月11日、私(野村)は 東京日本橋の勤め先で地震に遭いました。
RC造8階建ての建物で、嘗て経験した事の無い大きな揺れでしたが、その時は 広範囲の北日本各地でこれ程大きな災害になるとは思いませんでした。
個人的な思いは 書き始めたらキリがありません。 今はただ「被災者の皆さんが一日も早く元気と健康を取り戻される事を祈ります」と書かせていただきます。

2011年4月2日土曜日

大地震被災地の会員②

昨日 2通の葉書が届きました。
どちらも大きな被害は無かった様で、不幸中の幸いでした。

1通目は S41年卒の小澤正歳さんからの葉書です。
 日立市は震度6弱に見舞われ、浜の方は津波被害に襲われ床下浸水もありました。 当方 町内の数軒で屋根瓦崩落等がありましたが、小生宅は二階で室内棚収納物の散乱位で済み、感謝の念で一杯でした。
 勿論インフラ面で6日間の停電、9日間の断水はありましたが、東北3県の方々の被害に比べたら微々たるもので感謝です。 家族で何か支援出来ないものかと考えている状況です。
 今回の災害に対し、若い方々の心遣い、テレビラジオでの働き・気配りに、この国は健全ですばらしい国であることも実感しました。
小澤 正歳さんのご住所は
〒319-1413 茨城県日立市小木津町1-31-12 です。

もう1通は S59年卒の松崎則行さんの葉書です。
 いわきでも海沿いの地区では壊滅的な打撃を受け、知人の話を聞くと心が痛みます。 当方の家族・友人・社員には幸い大きな不幸も無く ホッとしております。
 今 とても大変なことは、地震の被害よりも原発です。 4/6から小中学校が始まるというのに、本当に大丈夫なのだろうかと 疑心暗鬼になります。
 仕事の上からも この様なリスクを背負っている地域に人が戻ってくるのだろうか、或いは新たな投資なり動きが将来的にあるのだろうかと思ってしまいます。
 しかしながら そのような事にならないようにするためにも、この地に しっかり根ざした生活をし、いつかは地域から元気を発信できるようにしようと友人とも話をしております。
何時かは皆さんも元気になった東北を訪ねてみて下さい。
松崎 則行さんのご住所は、
〒970-8026 福島県いわき市平字三倉67-11 です。

前回も書きましたが、同期の方を始めとして、皆さんから 励ましのお手紙などのご連絡をお願い致します。
お葉書をいただいた方達の電話番号は分かっているのですが、ご迷惑をかけそうで 敢えて書いていません。 ご希望の方は 私宛に連絡いただければ、お知らせします。 また お葉書の文面は、私個人の判断で一部を省略させていただいています。 文責は私にあります。

2011年3月31日木曜日

大地震被災地の会員

先日 岩手・宮城・福島・茨城県にお住まいの会員に 下記の様な葉書を出しました。
嘗て経験した事の無い 大きな地震が起きてから約二週間が過ぎました。 震源地の近くで被災された方々に心からお見舞い申し上げます。
ご連絡が遅れましたが、東京・横浜にいる私たちは気をもむばかりで 皆様お一人お一人のご様子を知る術がありません。
大変な時とは思いますが、お元気かどうかのお返事を頂けませんでしょうか。 また、私たち“じんぺい会会員”にご支援出来ることがありましたら、遠慮なくご連絡ください。
じんぺい会のブログを通じて各地にいる会員に情報を伝えたいと思っています。
世界中の人たちが、一日も早く復興されることを見守っていますので、どうか明るい明日を信じて頑張って下さい。

本日、仙台にお住まいのS43年卒の 澤地 宏さんからお返事をいただきましたので、ご紹介します。
幸い 仙台市内でも被害の少ない所に住んでおりますが、海側の被害には絶句するぐらいです。
又 福島原発の放射線では不安の一番多いところです。
特にお願い事はございませんが、大変な方が多くおられるので、長期間のご支援をいただければ幸いと思います。

澤地 宏さんのご住所は
〒981-3212 宮城県仙台市泉区長命ケ丘3-2-14 です。
同期の方を始めとして、皆さんから 励ましのお手紙などのご連絡をお願い致します。

葉書は、住所が確かと思われる15名の方に出しましたが、お二人の方から「あて先に尋ねあたりません」と葉書が返ってきました。 ご無事なら良いのですが。

2011年3月26日土曜日

東北関東大震災 安否情報

ブログページ左上に災害消息情報のリンクを掲載しました。

2011年1月10日月曜日

訃報

昭和45年卒の唐川正明さんから、同期の田村紀彦さんの訃報の連絡をいただきました。
昨年末にお亡くなりになったそうです。 謹んでご冥福をお祈りいたします。

会として把握している田村紀彦さんのご住所等に変更が無いかの確認は出来ませんが、ご遺族に連絡を取りたい方がいらっしゃったら 私:野村宛にご連絡ください。

2010年12月22日水曜日

年末のお見舞い

早いもので12月も下旬になってしまいました。
仕事や私事など、いろいろ雑事があってブログの書き込みが途絶えがちで申し訳ありません。
12月18日(土) 42年卒の笹原さん、榎本副会長と3人で、辻堂の施設の仁平先生を訪問しました。
前回8月の瀬川さんとの訪問時のご様子から一寸不安な気持ちだったのですが、仁平先生はとても元気で安心しました。
顔見知りのヘルパーの方の「お部屋の方が良いですね」との言葉に甘えて、先生の個室で周りに気兼ねなくお話が出来ました。
今回は、現在 笹原さんが研究されている風力発電装置の動画をパソコンでお見せできました。
研究中のものですから詳しくは書けませんが、装置の縦軸プロペラが非常に軽く作られている様子が良く分かり、先生も興味をお持ちのようでした。
装置をセットしてある場所がすばらしい景色で、笹原さんが数カ月に1回 データー収集に通うのが納得出来る環境です。
今年のB級グルメ№1のモツ煮込みが食べられる羨ましい場所です。
話が弾んで、気が付いたら昼食時間になっていましたので慌てて失礼してきましたが、別れ際の先生の寂しそうなお顔が忘れられません。
施設の外に出て気が付いたら、写真を1枚も撮るのを忘れていました。
仁平先生には、この人はAさん、あの人はBさんとはお分かりにならなくても、自分の教え子なのだという事は理解されているはずです。
皆さんも機会をつくって、先生を訪問されたら如何でしょうか。
ご希望を連絡いただければ、出来るだけご案内いたします。

Merry Christmas and A Happy New Year !
皆さん、どうぞ お元気で良い年をお迎えください。

2010年8月8日日曜日

2010年夏 仁平先生の近況




連日 暑い日が続いていますが、皆様 お元気にお過ごしの事と思います。
昨日昼前に平成元年卒の瀬川さんと二人で、仁平先生を訪問しました。
チャイムを押して玄関外で待っている時に、窓から中を覗いた瀬川さんが「先生はお昼寝らしい」と気付きました。
ヘルパーの方が我々の訪問を先生に伝えて、一度は起きて椅子に座られたのですが、無理に起こしてはと思い 直ぐにまた横になっていただきました。
先生は夢うつつの状態でしたから お話は出来ませんでした。
瀬川さんは「先生にお会いするのは数年ぶりで、お話出来ないのは残念だが、お顔を見られたので・・・」との事でした。
7月17日の“じんぺい会”会場で出席された方に書いていただいた寄せ書きと当日の出席者名簿をヘルパーの方に渡して退出してきました。
立ち話でしたが、施設の責任者の方から直接「先日 病院で診察を受けたが、何処も悪いところは無かった」とお話が聞けました。
顔なじみになったヘルパーの方も「7月27日の先生のお誕生日(91歳)には、ケーキを買ってきて施設の皆さんとお祝いをしました。 つい20分位前までは何時もの様に元気でお話していたのに」と残念がってくれました。


出席されなかった方のために、7月17日の“じんぺい会”について簡単に報告しておきます。
出席者は、添付したリストの通りです。 仁平先生の近況と退任パーティーのビデオを見ながらの ケーキとコーヒーだけの懇親会として開催しました。
今後の“じんぺい会”で、嘗ての様に大勢の会員が集まる事は無いと思いますが、私の独断で“じんぺい会”は継続させていただきます。
幸いにして、会として多少の蓄えがありますので、本ブログと年1~2回程度の郵便で会員皆さんとの連絡を保ちたいと思います。

2010年7月25日日曜日

仁平先生退任記念パーティー(1990年春)のビデオ

7月17日(土)午後にお茶の水の紫紺館で“じんぺい会”を開催しました。
昨日 河内孝夫さん(昭和60年卒)がブログアップしてくれた“仁平先生退任記念パーティー(1990年春)のビデオ”は、当日会場で上映したものの一部(全体の1/2位)です。
このビデオは、鈴木仁さん(昭和48年卒)が撮影され大事に保管されていたものです。ブログアップの都合で三つ(約4分+8分+8分)に分かれています。
撮影後20年を経過し、一部に画像や音声の乱れはあるものの、仁平先生始め出席の皆さんの若い頃の元気な姿が見られます。
しかしながら 既にお亡くなりになった方がいらっしゃるのは残念な事です。
全体で20分程ですが、音量を調整して ゆっくりご覧になってください。

紫紺館での“じんぺい会”の様子については 追って報告させていただきます。

2010年2月13日土曜日

仁平先生の近況


2/7(日)に 私と同期の安東君が辻堂の施設に入居されている仁平先生を訪問しました。
先生は、とても元気な様子だったとの事です。
安東君から 写真と共に「昨年訪問した時に比べ、少しやせたように見えましたが、前はむくみがあったためではないかと感じました。 現在は 足も手も暖かく全くむくみもなくなり健康そうです。 薬を変えたのかも知れません。」と連絡がありました。

彼は今までに何回も施設を訪問していますが、介護の方にも訪問を歓迎されているようです。
多分 彼のように、気軽に施設に伺うのが良いのでしょうね。

2009年12月31日木曜日

お久しぶりです

じんぺい会会員の皆さんへ
いよいよ本年も大晦日を迎えました。 御元気に一年を過ごされた事と思いますが、本年のまとめとして投稿いたします。

仁平先生の近況に大きな変化はありません。
10月17日に、私一人で辻堂の施設を訪問しましたが、体調は良さそうで 御元気でした。
私が最近夢中になっている趣味の事などで話が弾みました。
退出の時には、いつもの事ですが「もう一度 皆に会いたい」と涙目でおっしゃっていました。

約半年ほど 意識してブログへの投稿を控えていました。
ブログ開設以来 1年以上経過しましたが、皆さんからの投稿は殆どありませんでした。
私としては、ブログの開設は会員相互の情報交換・近況報告の場を提供する事にありましたが、どうも思ったように機能しなかったようです。
投稿しなかった半年間に個人的にメールを頂いたのは、仁平先生の近況を質問されたお一人(53年卒 滝本さん)だけでした。

以前 ブログに書いた事ですが、何とか仁平先生と会員の皆さんが集まれる機会を作れないものかと考えていました。 大勢で辻堂の施設に押しかけては、他の入居者の迷惑になりますので、気候の良い時に先生を施設外に案内出来れば良いのですが・・・。
11月末 仁平先生の御親族の方に、この様なお話をしたくて「一度お会いしたい」と電話したのですが、元々 御親族の方は我々のお見舞いを快く思っていないようで、お見舞いは遠慮してほしい事、まして先生を施設外に案内するなど相談に乗れないとハッキリと言われました。
この間の会話について文章では書き難いのですが、当分の間 私自身はお見舞いを控えます。
皆さんがお見舞いする事については 気にする事は無いと思いますので、機会を見つけて 出来るだけ頻繁に訪問して下さい。

以上の様な状況で、当分の間 私から 仁平先生の情報を伝える事は出来なくなりましたので、皆さんから情報をお送り頂くようお願い致します。
慣れないとブログへの投稿方法は分かり難いと思いますが、下記のアドレスにメールを送ってくれれば 私が代行します。 fwks8797@nifty.com

本年最後のブログ投稿が 愉快で無いものになってしまいましたが、来年は良い年になるよう期待しましょう。

2009年7月18日土曜日

試験送信


グループメールを設定したので試験的に投稿します。

軍司先生の訃報

昭和35年3月卒業の軍司先生の訃報です。
ご遺族の軍司裕昭様(ご長男)から連絡をいただきましたので、皆様にお知らせします。

父:軍司敏博は、去る6月27日(土)13時35分に春日部セントノア病院にて肺炎で他界しました。
5年程前にアルツハイマー型認知症を発病し、昨年12月から春日部セントノア病院に入院していましたが、病状が好転する事は無く、体力・気力が次第に減退し、5月末に肺炎が悪化し上記のような結果となりました。 享年80歳でした。
通夜・告別式は、6月末に 近親者で済ませました。



軍司先生は、明治大学を卒業後 日東紡でお仕事をされながら博士号を取得されました。 
その後 大妻女子大学の教授となり、退官までお勤めされました。
謹んで、ご冥福をお祈りします。

2009年6月25日木曜日

事務局の野村です


前回に続き、5月23日に 仁平先生を訪問した武藤先生と高橋先生からのコメントの投稿です。

会員の皆様には、仁平先生の訪問は お一人では なかなか実現し難いと思います。

「仁平先生に是非お会いしたい」という方は 私:野村に連絡ください。 

私は これからも定期的に先生を訪ねるつもりでいますから、順番に こちらから声を掛けさせていただきます。



数ヶ月ぶりに 仁平先生にお会いしましたが、お元気そうでした。仁平先生との お話の中で、2か月ほど前に訪れた中国上海の事、特にエレベータやエアコン等設備の話を断片的に説明しましたが、大変ご興味を持って聞いていただきました。未だ設備関係にはご興味があると思い、この次にお会いした時には どの様なお話をしようかと考えています。             武藤 信夫


武藤先生、工藤先生、野村会長、根岸様、私:高橋の5人で5/23(土)の午前中にお伺い致しました。

当日は、天候に恵まれ、快適な訪問日和でした。久しぶりにお目にかかりましたが、お元気なご様子で何よりという印象を受けました。

会長がお土産にお持ちになられた写真集(街の風景)に感嘆されたり、われわれの会話に相槌を打たれたり 質問されたり、会話に入られることもしばしばでした。

また、「ゆっくりしていくように」というようなお言葉があり、いつもながらのお気遣いを感じたところです。施設は 住宅街に溶け込んだアットホームな感じで、スタッフにも恵まれ過ごしやすいのでは、という感じを持ちました。

予定の時間をオーバーして、昼食時間が迫ってきましたので、名残を惜しみながら失礼致した次第です。

昨年来 お伺いしたいと気に懸かっていたのですが、今回実現できて、本当によかったと思います。

また お会いできる機会を楽しみにしています。   高橋明遠



先生方のコメントの中に、私:野村が写真集を持参した事が書かれていますが、仁平先生は専門分野の“建築設備”や、“建築”や“美術”の事を忘れてしまった訳ではありません。 

前々回位の訪問で その事に気づき、興味を持っていただけそうな書籍を探して持っていく事にしています。 

私自身も 国内・海外の“建築”や“美術”に興味を持っていますので、仁平先生に興味を持っていただけそうな書籍や写真集を あちこちの本屋に行って探し歩いています。

皆さんも「このような本」を ご存知でしたら是非お知らせください。

2009年6月12日金曜日

事務局の野村です


5月23日(土)午前中 武藤先生・工藤先生・高橋先生・根岸さんと一緒に、仁平先生を訪問しました。各先生から コメントをいただきましたので、2回に分けて 高橋先生が撮影された写真と共に掲載いたします。新型インフルエンザの感染者が国内で発見された頃でしたので、お目にかかり難いかと思いましたが心配した事はありませんでした。

以下は工藤先生からのご感想です。


5月23日 (土)の午前中、野村会長、武藤先生、高橋先生、根岸さんと私と5人で仁平先生を訪問しました。
私にとりましては、初めての訪問になりました。
このホームに初めて伺ったのですが、住宅地に囲まれていて、明るく、清潔で、アットホームな施設に感じました。
ホームの方には、事前に野村会長の方からご連絡されていたようで、玄関まで仁平先生が出迎えてくれました。
我々全員を覚えておられるのかは定かではありませんので、念のためそれぞれ、仁平先生に名前を告げ、先生の個室でお話をしました。
私たちが話しかけますと、うなずくことが多いのですが、時々、一言二言話します。
もちろん、時々は聞き取りにくいこともありました。
野村会長が「日本の路地裏」という写真集を差し上げたら、ゆっくりと1ページ1ページめくりながら興味ありげに見ていらっしゃいました。
そのうち、武藤先生が中国に行ってきたことを話題に出したら、時々,話しかけてくれて、会話に参加しようと努力されているように感じました。
仁平先生の部屋の机の上には、奥様とお嬢様の写真が飾ってありましたが、当然ですが、ご家族のことには、一切触れずにきました。
30分位の滞在でしたが、思っていた以上にお元気そうに見えました。
行動はスローなのですが、表情は極めて穏やかで、訪問した我々に何か大分気を使っているようにも思いました。
帰りも、玄関まで普通に歩いて見送ってくださいました。
願わくば、私たちのことを少しでも思い出して下さることを思いながら、ホームを後にしました。
工藤 勝利